〜社寺建築☆美の追求〜 大岡實の設計手法
 大岡實建築研究所
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耐震診断・補強の実施例
   
高山寺本堂の耐震改修工事の紹介
     
大岡實は浅草寺本堂を始めとして本格的な設計活動に入り、生涯に100棟以上の建物を設計してきた訳であるが、最初期の建物も竣工後、半世紀を過ぎ、耐震基準も当然現在では当時の基準とは大きく変わって厳格化されているのであり、また、昨今の災害事例を見るまでもなく耐震化の要請は日ごとに増しているところである。特に社寺建築という半ば公共の場の安全性の確保は社会的ニーズでもある。
ところで一般的に耐震化を行う場合をごく簡単に説明すると、まず前段として耐震診断を行う。テストピースを採取しコンクリートの強度や中性化の状況を把握して、現行基準に従い構造計算をする。そして基準を下回った場合には耐震補強することになる。
しかし、社寺建築の耐震補強を行おうとした場合には、建物の姿形が保たれるのか(一般の建築と違って社寺建築にとってはその姿形は最も重要なポイントであり、人々の慣れ親しんだ景観こそが信仰の対象となっていることは言うまでもない)という疑問や建物の使い勝手を保持できるのかというような不安などが生じるのが現状と思われる。
そうした中で昨今、大岡實建築研究所では作品として設計した各社寺から耐震化をしたいという要望を受け、それまでの姿を変えずに機能を持続した耐震設計を行っている。
大岡實建築研究所としては、今後の半世紀も今までと同じように人々に安寧と安らぎの空間を提供するよう各作品を保持してゆくことは「大岡實の思い」を継承していく一環でもあると考えて活動している。
そこで、近年耐震補強及びそれに伴う改修工事が行われた事例の一つを取り上げ、それまでの姿を変えずに機能を持続した耐震化の例としてここに紹介することとする。
     
     山寺本堂耐震改修工事について
     山寺は和歌山県田辺市の市街地を一望できる高台にあり、広い境内には本堂、多宝塔、薬師堂をはじめ諸堂宇が建ち並んでいます。
また海の見える墓地には、南方熊楠や植芝盛平のお墓があり、聖徳太子開創と伝えられる由緒ある古刹として広く知られています。
     
     □ 本堂建替えまでのいきさつ
      昭和29年に先代ご住職より、木造であった旧本堂の建替えの相談があり、大岡實が山寺を訪問します。
旧本堂は当時築200年の歴史ある建築物でしたが、田辺地方特有の暴雨、強風に長年さらされており老朽化がすすみ、本堂としての役目を終えようとしていました。
大岡は境内に立ち、新本堂の構想を練ることになるのですが、すぐに本堂の前方に建つ多宝塔に目を奪われます。当時築150年の多宝塔も同じように老朽化しており、傷みも激しかったようです。
大岡は多宝塔の建築的価値が高いことを認識し、本堂建替えより先に多宝塔の改修を行うことをお寺に進言します。
かくして大岡の進言どおりとなり、昭和30年より多宝塔の改修工事が施されました。適切な時期に改修が行われたことにより、60年後の現在も優美な姿を見せています。
しかしそのおかげで本堂の建替え計画は、昭和39年まで待たなければなりませんでした。
     
     □ 本堂建替え工事
    建替えにあたり旧本堂は後方に曳家をし、そのまま客殿として使われることになりました。
そして、その跡地に計画された新本堂は、まず雨に強く風に強い耐久性のある構造が求められました。
大岡はさらに、耐震性、耐火性を重んじ、鉄筋コンクリート造の建物とすることを決定したのです。
 また鉄筋コンクリート造としたことで、立体的な建物の活用が可能となり、1階に本堂、2階に寺宝収蔵庫、地下1階に道場と諸室を配する多機能な本堂とすることができました。
 外観においては、誰もが伝統的な木造建築物と見間違うほどのお堂になっています。鉄筋コンクリート造であることを全く感じさせない意匠デザイン、これこそが大岡の創り上げた設計技法でした。
建物全体は、大きくゆったりとした大屋根の曲線が醸し出す優雅さと各部のシンプルなデザイン、そしてその中に力強さも加わっています。
さらに前面に建つ多宝塔との融合も大岡の設計のねらいであったと思われます。
 ふたつの建物が作り出すほど良い調和が、山寺境内の象徴となるようにとの願いが感じられます。 
     
     □ 耐震改修工事
      昭和43年4月に落慶した本堂が、築50年を迎えようとしている頃、現在のご住職から研究所に相談が寄せられました。
田辺市の地震災害一時避難場所に指定されたとのことでした。
東日本大震災以降、地震災害の見直しがされています。将来起きるとされる南海地震では、田辺市で震度7の揺れが襲い、甚大な災害が予想されています。
「避難場所である以上は、避難者が入る本堂は耐震性のあるものでなくてはならない、現状の本堂に十分な耐震性が果たしてあるのか、もし足りないとすればどのような処置が必要なのか」という責任感あるご住職の相談に、何としてもお役に立たなければと強く思いました。
建物の耐震性を把握するには、まず耐震診断を行う必要があることをご住職に説明し、了解をいただきました。
そして大岡門下生の建築家であり、耐震補強設計の第一人者である服部範二先生に協力をお願いしたところ快諾を得て、早速に建物調査に着手することができました。
建物調査とは、構造上支障のないコンクリート壁などからサンプルを採取して、コンクリートの状況を調査することです。サンプルを試験場に持込み、強度試験や中性化試験を行います。
得られた試験結果を用い、現行の構造基準に従って構造計算をやり直します。その結果、基準をクリア出来れば安全、出来なければ耐震性が不足し補強が必要となる訳です。場合によってはまったく強度が足りず、建替えを余儀なくされる例も実際にあります。
新築設計時から50年経っており、構造基準も大きく変わり厳格化されていますので、どのような結果が出るのか非常に気がかりでした。
そして診断が行われ服部先生から告げられた結果は、「震度7に耐えるにはやや耐震性が不足している。しかしコンクリートの強度は確保されており、補強をすれば今後も十分安全な建物として使用することが出来る。」でした。
具体的な補強方法は、1階外陣両脇の窓部分と地下1階ドライエリアの窓部分などをコンクリートの耐力壁にすることでした。
 その内容をご住職に報告したところ、「補強壁が出来ることにより窓面が少なくなることは仕方ないが、慣れ親しんだ大岡建築のデザイン性を損なうことはして欲しくない。」とのお話でした。
 そのご要望に応えるために、まず耐力壁の中に確保できる最大限度の窓を設置し、1階については元にあった窓の大きさに合わせた連子格子、引分け障子を取付けることにより、補強前と何も変わらないかのような外観・内観にすることを目指しました。
 またコンクリート中性化の調査では、外壁コンクリートが築50年相当に中性化がすすんでいることが分かりましたので、対策として外壁面に塗られている塗装と下地のモルタル、漆喰壁をすべて落してコンクリート面を露出、中性化予防のリフリート処理を行うことにしました。その上に耐候性の高いアクリルシリコン樹脂塗料を重ね塗りし、コンクリートの保全に万全を期すこととしました。
 以上の方針で本堂の耐震改修工事の設計に取り掛かりましたが、その他の改修内容としては、地下1階の湿気対策がありました。
地下1階にある道場は田辺地方の多雨の影響もあってか、湿気とカビ臭さがあり、残念ながら50年前の設計ではそこまで対応出来ていませんでした。
 今回は地下1階の床下にリガレットという、温風による湿気対策の床暖工法を採り入れました。新たに防災倉庫を設置することもあり、地下の諸室が適切な湿度、温度になるように計画しました。
 設計は完了し施工会社の選定となりましたが、大岡作品である浅草寺本堂の改修を手掛けるなど、耐震補強工事に実績のある清水建設に発注することとなり、平成25年9月から工事が始まりました。
     
     □ 将来に向けて
     平成25年12月に地下1階部分、続く平成26年6月に1階部分と外部の耐震改修工事が完了し、11月13日改修記念法要が執り行われました。
 五色幕に飾られた本堂は、昭和43年の落慶時に戻ったような新しさです。また本堂の内外陣や道場の内装も一新して、今まで以上に快適な建物となったと自負しています。
 この本堂が安全で機能的な建物として再びスタートを切りました。今回の改修工事が将来に向けての折り返し点ではなく、一通過点として永く役割を果たして行くこと望んでいます。
     
     平成26年12月    大岡實建築研究所 M.A.設計室  松浦 隆
     
   
(耐震改修工事着工前)
     
   

 高山寺本堂と約200年前の建築である多宝塔

     
     昭和29年に本堂建て替え計画の相談を受けた大岡實は、まず多宝塔を修理することを進言します。そして本堂は昭和39年から計画に着手しました。ここでも旧本堂は曳き家して保存し、新本堂と併存する手法を提示したのです。
     
     
   

 耐震改修工事着工前の本堂

     
     
   

 本堂正面全景

     
     
   

 本堂側面全景

   
(耐震改修工事中)
     
   

 本堂外壁の現し作業

     
     既存コンクリート躯体の中性化防止対策(リフリート工事)を施す為に、外壁の漆喰塗り仕上げを撤去し躯体の表面を現しにしています。50年前に施工されたコンクリート躯体は、当時の打設方法や技術レベルにより、色々な施工不良個所が発見されます。その多くはいわゆるジャンカ(コンクリート充填不足)などで、モルタル補修されています。その作業は、コールドジョイントで出来た不良個所を、健全な躯体が露出するまで斫っているところです。この後、コンクリート躯体表面に付着した埃、塵を入念に除去して、リフリート材を塗布します。
     
     
   

 本堂側面連子窓部分の耐震壁化作業

     
     連子窓部分の開口部を狭めることにより耐震壁化を実現しました。このことにより連子窓の外観と障子窓の内観は継承しながら耐震化を達成したのです。具体的な作業は以下の通りです。既存窓付コンクリート壁を撤去した後、柱及び梁にアンカーボルトを打ち込み、耐震壁を設置します。
この作業は、耐震壁の鉄筋組立状況です。耐震壁は必要ですが、窓無しにはしたくありませんでした。中央の木枠の部分が新しい窓となりますが、耐震壁に設置できる最大の大きさとなっています。
     
     
   

 本堂懸魚の補修

     
     既存懸魚は特殊型枠を使い、平場で打設したものを型枠に固定して、躯体コンクリート打設時、同時に打込んだものです。旧塗装面をサンダー掛けすると、きれいなコンクリート面が露出してきます。
入念に埃・塵を除去して、リフリート材を塗布します。
     
     
   

 組物及び軒廻りのコンクリート補修中の状況

     
     軒下廻りの部材(丸桁・隅木・桁・肘木・斗)は、現場打ちコンクリート造です。躯体の補修跡も少なく、型枠の製作とコンクリート打設には細心の注意が払われたことが分かります。既存塗装をサンダー掛けで除去した状況です。この後、リフリート材を塗布します。
     
     
   

 本堂外壁の下塗り漆喰施工中

     
     既存コンクリート壁はすべての仕上げを撤去して、リフリート工事を施します。
その後の漆喰塗り壁工事の工程は、下地モルタル塗り、下塗り漆喰、グラスファイバーネット張、中塗り漆喰、上塗り漆喰と進めます。この写真は下地モルタルの上に下塗り漆喰を施している状況です。
     
     
   

 本堂組物廻りコンクリート面の塗装仕上げ施工中(パテ処理工程)

     
     コンクリート面の塗装仕上げは、大略以下の工程で行います。
@下地処理と清掃、A下塗り、Bパテ処理、Cペーパー掛け、D中塗り、Eペーパー掛け、F上塗り1回目、G上塗り2回目、H上塗り3回目。
なお、塗装材料は低汚染形セラミック変性ターペンと可溶アクリルシリコン樹脂塗料を用います。
     
     
   

 本堂組物廻りコンクリート面の塗装施工中(上塗り1回目)

     
    上記写真の工程説明において「上塗り1回目」を施工しているところです。
     
     
   

 本堂天井廻りの補修(空調機の設置準備)

     
     この本堂は2階に寺宝収蔵庫があり、2階合成床のデッキプレート裏面が見えています。赤い格子は、本堂の格天井の格子縁です。天井面に新たに空調機を設置することになり、その準備工事です。
50年ぶりに格子縁の塗替えと天井板の取替えを行いました。
     
     
   

 本堂扉の取り付け中(取り合い部分の防水工シーリング施工状況)

     
     本堂正面の鉄製扉は、50年の風雨に耐えてきましたが、今回新規のものに取替えとなりました。
和歌山県田辺地方は台風の通り道であり、大風で重たい鉄製扉も浮き上るほど、また雨は水平に降るとのこと。雨の侵入防止、扉や取付け金物の強度、あおり止め設置など細心の注意を払いました。
     
   
(耐震改修工事竣工)
     
   

 竣工法要中の本堂内部

     
    写真左手の障子窓部分が耐震壁化した部分です。
光の差し込みが小さくなっていますが、見た目は全く変わりません。
     
     
   

 本堂地下の道場

     地下は道場や防災倉庫などに用います。また、2階を設けており、寺宝収蔵庫に用います。
     
     
   

 竣工本堂正面全景

     
     中央の連子窓部分が耐震壁化したところです。外観は全く旧状と変わりません。
     
     
   

 竣工本堂

     
    なお、写真はすべて中塚雅晴氏が撮影されたものを使用させていただきました。
     
     
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