〜社寺建築☆美の追求〜 大岡實の設計手法  大岡實建築研究所
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川崎大師平間寺信徒会館(神奈川県川崎市)
川崎大師ホームページによるとこの信徒会館は弘法大師ご誕生千二百年讃仰と、昭和四十九年春の十年目毎のご本尊厄除弘法大師大開帳奉修の記念行事として建設された。
この信徒会館の設計趣旨については、大岡實が昭和50年6月1日発行建築画報通巻96号の特集/寺院建築の中で詳述しているのでその稿にそって見てみたい。
大岡實は「大本堂、不動堂、自動車祈祷殿(現薬師殿)と川崎大師平間寺の諸堂を総合的に設計して来たのであるが、(中略)信徒会館は実用的な建築であって、多目的な用途があり、機能が他の建築とは比べものにならない程複雑で、種類及び大きさの違う多数の部屋が要求され、必然的に平面が複雑になる。また、川崎大師平間寺の場合は敷地が非常に制限されるから、この複雑な平面は、階を重ねて処理する以外に方法がなかった。」
しかし、「この信徒会館は、全体ではないが、本堂の方から斜(左後方筆者追記)にある程度見えるので、この日本建築的な景観に、違和感を与えるものであってはならない。」
「ところが日本建築で階を多く重ねるのは城郭建築位なものであって、寺院建築では(中略)二重までが原則で」、せいぜい三重であり、かつ日本建築の意匠は、全体の安定感を重視しているため、「層を重ねる場合は、上にゆくに従って、その平面を大きく縮小するのである。
ところが、この形を実用的建築に適用すると、平面の構成が非常に制約される上に、非常に不経済になる。現代の実用的建築であるビルその他の建築が上部を縮小せず、基本的には全体を四角な建築にしているのは、そのためであって、実用的な建築で層を重ねて、日本建築風にするのは、非常に困難なのであるが、」川崎大師平間寺の建物全体から見た調和ということも非常に大切な事であって、このために大岡實は非常な苦心をすることとなる。
「それで先ず屋根の重なりは、三重にした。そして各々の屋根は軒を深く出して、日本建築の特色をあらわすことを考えたが、この場合普通の日本建築では軒下に傾斜があり、屋根面にも勾配があるが、外壁の感じが、現代的気分が強いので、水平に出した。この方が全体に調和すると考えたからである。しかし軒先に日本建築的気分を与えるため、一列並びに瓦を置いている。
屋根は三重であるが内部は地上5階地下1階である。これをどの様に工夫したかというと、3階までを第一重の屋根の下に入れて、全体としては1階のように取扱った。それは形の点もあるが、3階までは平面の縮小をほとんどなくし、平面の面積を経済的にまとめるためである。そしてこの部分を一重のように感じさせるために金属製サッシュで縦の線を生かすことに努力した。ただし2階の部分が少し張出しているのは、全体を上まで通してしまうと高くなり過ぎてバランスが崩れるのを、途中にアクセントをつける意味と、この全体を一重に見せた中でも上部を多少縮小して安定感を助長するためである。
第三重目は思い切り小さくして(この部分は機械室だけである)安定感を確保し、屋上には宝輪を載せて寺院の象徴とし、かつ本堂の方から眺めたとき、寺院的気分が出るよう配慮した。
連絡路の回廊も軒を出し、軒下を日本建築風に取扱って、周囲との調和に努めた。
なお、今回の設計に当って、月に何回も貫首や寺の首脳と話し合い、実際の使用上万遺漏なき様努力したのは、建築は、実用上の機能を満足するのが、根本的課題であるとの私の信条によるものである。」と述べている。
ここには実用上の建物(一般建築と言ってもよいが)も全体の調和の中でいかにその機能を満足させるかという基本を根本に置き、その目的にかなう設計をしているという側面を如実に物語っているのではなかろうか。
川崎大師平間寺伽藍鳥瞰写真/左手が信徒会館、右手やや上に大本堂が見える
     
一階から二階までの外部に縦の線を通し、形としては一階分に見立てて、その上に面積をやや縮小した三階、四階をのせ、さらにその上に小さい塔屋を建てて宝珠、水煙を挙げて寺院建築の雰囲気を出している
また、同上の建築画報の中で助手の松浦弘二がその詳細について以下のように述べている。「大きな鉄骨鉄筋コンクリートの躯体は何としてもゴツくて、寺院伽藍の外部意匠に適さず、一階から二階までをカーテンウォールで包みこむ恰好に隠ぺいすることを考え、そのカーテンウォールも細い角柱と、更に縦の線を生かした方立を用い、アルミサッシュ、ブロンズペンで繊細な感覚を与えて、周囲の環境に馴染ませている(寺院建築の裳階などに見る繊細の中にも力強い意匠となって軒の出の深い三階を無難に受けている)」
立面図
断面図
ここで平面略図を見てみよう。
平面図
屋上には寺院の風格を象徴する意味もあって、四階、五階を包含した塔屋を設け、意匠的には宝塔形式にまとめている。
内部の意匠に関しては、純和風の意匠にも新しい感覚を取入れ、近代的な観点に立って設計している。それでも宗教的行事に多く使用される個所には、天井の意匠に格天井を用いたりして寺院の持味を生かしてある。
屋根は全部に瓦葺の屋根を挙げると重苦しくなるので、水平に深く軒を出し軒先だけに一列並びに本瓦を葺き、本瓦葺の感じを出すようにしている
軒先部分詳細図/他の寺院建物との調和を図るため軒先先端は瓦を葺いている
先に隣に印度風で建てられた自動車祈祷殿(現薬師殿)と日本建築寺院様式の諸堂とにはさまれた位置に建つが、意匠の上から見てもその中間的形態が良く、一連の調和を保っている。
また、同時期に鉄筋コンクリートの回廊が、信徒会館二階から諸堂へ接続されたが、高低差が相当あるので斜路廊下としたのだが、屋根の棟は斜めにも出来ず霞(かすみ)の段差意匠(何段かの段差でその高低差を解消する方法)を採用している。切妻の緩い勾配屋根を本瓦葺とし、軸部は大面取りの角柱を建て舟肘木にて軒桁を受け、薄い長押で締めくくり、窓も方立と竪連子格子でまとめられ、信徒会館と大本堂との意匠差を按配よく融合している。
本堂へと続く西廻廊(長庚廊)
     
宝塔の屋根は宝形本瓦葺で深い軒の出を持ち、頂部には緑錆色の露盤、伏鉢を備え特異の相輪、天蓋そして宝珠と光明を有する水煙が、いずれも燦然と輝いている
宝珠・露盤詳細図
パース
この信徒会館の後には大山門、八角五重塔など伽藍全体の設計に携わっている。このことにより川崎大師平間寺大伽藍が大岡實の造形感覚で統一され、見事な調和が図られた大きな要因となったのである。
 
年月 西歴 工事名 所在地 工事期間 助手 構造設計 施工 構造種別
昭和47 1972 川崎大師平間寺 信徒会館 神奈川県川崎市川崎区大師町4-48 昭和47〜48.11 松浦弘二 松本曄構造設計 大林組 SRC造

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